切絵の苦労

Wrote by Roki 1998

1998年、路鬼はアメリカにいました。メイン州という「ど」田舎の州です。
紙のことも、絵の事もあまり知らずに、知らない土地でとってもとっても苦労しました。
どーんと暗いのです。紙がない。ナイフがない。筆箱がない…。
ちょっと文化考察的ぐちです。

自分の育った所と別の場所で生活すると、色々違ったことがあります。普通に生活していても、多くのことに気づきます。一つのことにこだわっていると、それを通して別の文化が垣間みえて、なかなか、なかなか…面白いといいたいところだが… なかなかしんどい。

アメリカで切絵をやっている訳ですが、これがかなり難しいことでした。

切絵なんてものは、そんなに研究されている訳ではないので、日本でさえ切絵の専用の道具はありません。
絵を描く場合は、油絵なら絵の具から筆からキャンバス、さらにはキャンバスを止める釘まで専用のものが考えられています。しかし、切絵はそうではない。

切絵に使う道具は結構単純で、ナイフと紙とのりがあればとりあえず事足ります。あ、下敷きもいるな。

ところが、作業は複雑なものがあって、紙は下絵用の白い紙と切るための紙(普通は黒い和紙)が必要です。この二枚を重ねて切るわけです。紙を切ったら糊で貼ります。和紙と大和糊は相性が良くできています。貼った後は保存方法の心配です。日本は高温多湿なアジアの気候なので、和紙が湿度に対応しているのもうなづけるものがあります。

さて、下絵の紙は日本ではコピー用紙でも間に合います。黒い紙は黒くなくても良いし、和紙でなくてもいいのです。が、さてこれがアメリカで手に入るかというと、そうは問屋が卸さないのです。

まず、アメリカの紙は質が悪い。

私のいたメイン州には、パルプの研究課を持つメイン大学があって、日本の各製紙会社から研究や留学に来ている人たちがいるのですが、その人たちのお墨付きで、アメリカの紙は質が悪い。日本と北欧の紙は世界で最高級の品質だそうです。
紙を手に入れる場合、まず考えられるのは画材店です。普通の画材店では、紙は「絵を描くためのもの」で、ペーパークラフト用の紙は「丈夫」が条件です。切るための紙は、見た目での判断と触ったり切ったりした時の感じはかなり違っています。このため、ここのように辺ぴな所での常套手段、通信販売ではなかなか買えません。まず、どれが使えるの、実際に切ってみないと判断できないのです。これが研究されていない分野ってやつです。

どの画材店でも置いてある絵を描くための紙は、絵の具やパステルがのりやすいように工夫されていて、それが逆効果になります。紙質は圧縮が甘くて「ふわふわ」しています。角が「ほろほろ」と崩れやすいし、表面の凹凸も邪魔になります。「でもこれが使えるとどこでも買えるな」と考え、前記の人たちのアドバイスをうけました。ごく薄い糊をスプレーしてアイロンをかけて切ってみました。かなり紙質はよくなりますが、アイロンの跡が付いてしまいました。

切ってみると判るのですが、リサイクルした紙は、混じり物があって「じゃりじゃり」した感じがします。感じだけではなく、ナイフが早く切れなくなります。加工してある紙は切った時「重い」感じがします。プラスチックの下敷きを切っている感じです。アメリカの上質レポート用紙や、マーカー用の薄い紙は一見日本のコピー用紙と似ていますが、何か薬品が入っているようで、薄いのに切るのに疲れて使えませんでした。でこぼこした紙はでこぼこします。切った線がまっすぐいきません。ふわふわの紙は、細い線が切れません。下絵の紙を重ねると切りにくくなってしまうこともあります。

ああ、日本のコピー用紙に匹敵する薄くて丈夫でつるつるしてて、混じり物のない紙は、ありませんよ。下絵用の紙を二ヶ月間探しました。売られているほとんどの紙は試しました。さらに、印刷用の紙を探している最中です。

黒い紙の方はやっと探し当てました。旅行先の画材専門店で、紙を一枚ずつ買って、片端から切ってみました。とうとう見つけたのは、B2サイズで$1しない安いものです。最初の快挙です。


次の難関はナイフです。

アメリカ人は、ナイフは削るものと思っているようです。
切絵のナイフは普通は丸い軸の、日本ではデザインナイフと呼ばれるものを使います。カッターナイフのメーカーから何種類かが出ていて、替え刃もそんなに 高くありません。1枚10円しない。

アメリカでも一見同様のナイフがあります。スーパーマーケットでも買えるポピュラーなものです。替え刃も何種類もあります。しかし、しかしです、替え刃の中には日本ではポピュラーな、デザインナイフの刃の形をしたものがないのです。最も一般的な替え刃は角度が15度。鉛筆を握るように軸を握ると、指の側まで刃がきてしまいます。これは、掌で握って削るためのものです。替え刃も5枚で$5近くします。
刃の角度は30度で刃渡り1cm、手元の部分は刃になっていない、これは日本からの輸入品しかありません。値段は倍です。ダンピングしていないことだけは判ります。しかたない、これを買うしかない。

文句ばかりではなく、ちょっとは嬉しいこともあります。

切る時の下敷き、カッティングシートは良いものが安い。日本では千円くらいしそうなものが、$4以下です。ただし、静電気防止にはなっていません。


文化的考察。

アメリカに切絵がないのは、紙の文化が違うせいではないか。

ご存知の方も多いと思いますが、ヨーロッパでもアメリカでも学生のノートは端から端まで線がひいていあるか、桝目になっていて、この線が濃い色で薄い鉛筆なんかでは文字が読めません。学生はボールペンでがしがし書いています。

日本のレポート用紙は、色が白くて、用紙の端がきれいに揃えて切ってあって、薄い色の線がちゃんと両端に余白をもって引いてあって、縦線をいれる目盛りなんかもあって、5行おきに印がしてあって、日付やテーマがいれられるなんて、なんてなんて素晴らしいんだろう。しかも切ってもじゃりじゃりいわないし、3枚一緒に切ることだってできる。

筆箱もないですね。日本で百円ショップですら売っている、ペンカンとかチャック付きの鉛筆ケースなんてのは、ありません。二年住んでる友達は、チャックが壊れた筆箱を縫って直して使っています。大学のクラスでは日本人しか筆箱を使っていないそうです。では、彼らはどうするのかというと、鞄のポケットにいれるんだそうです。でなければ、洋服のポケットか。
ペンケースというのは子供の道具で、鉛筆もクレヨンも絵の具も筆も、要するにお絵描き道具を一緒に入れる、釣り具のケースか工具箱のような形状の、大きさもその位大きい箱のことです。

所変われば品変わる。日本にはたくさんあってここには存在しないもの、その逆のもの、生活や行動様式をさらには精神構造を反映しているんじゃないでしょうか。

欲しいもの。小さいサイズのグラスとコーヒカップ。小さいサイズの歯ブラシ。へろへろにならない靴下。

腕の半分は道具です。

切絵の苦労再びに続く…